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熱帯魚ショップ

博美は熱帯魚ショップの前の歩道にいつものように自転車を停めショップに入って行った。

たぶん父親とその娘だろう二人がこのショップの店員だ。
だからそんなには大きくないし内装もオシャレではない。
でも、一通りの設備、魚などが揃っており、一応の熱帯魚ショップとしての体裁は整えていた。
父親はいつもレジのところの棚の上に置いてあるテレビを見上げていた。真剣に見ているのか見ていないのかわからないがあまり動かない。
一方、娘はよくこまごまと動いて働いていた。
本当に熱帯魚が好きなんだろうな、と博美は思っていた。


いらっしゃいませー。


娘の方が博美に挨拶をくれた。博美は少し笑顔を作って会釈した。

よく来る店ではあるのだけれど博美はそれほど店員とは親しくしていなかった。
たまに娘のほうが声をかけてくれることがあってその時少し話すくらいだった。
来ても買い物はしないし良い客だとは言えない。


博美はショップの一番奥に歩いて行った。
そこには正面、右左に天井まで全部棚になっていてたくさんの水槽があり色々な魚が泳いでいた。
ブラックライトに照らされた熱帯魚はひときわ美しく見えた。
エアレーションのモーターの低い音がなぜか気持ちを落ち着かせる。
博美はいつもの場所に立ち、魚たちの点呼をはじめた。
心の中でいつも話しかけるのだ。
魚たちのひれの動き、餌を食べるところなど食い入るように見つめていた。
どの子が誰かに買われていなくなってどの子が新しく入ってきたか、などは店員同様によくわかるくらいだった。


 

  
点呼の途中だった。
博美の真正面の水槽に新しい子がいるのを発見した。
大きな水槽に一人だけ。
新入りの知らない子なんだけど充分すぎるくらいに知ってることに気づいた。
気付いたとたん心臓が一つ大きく鼓動した。


 
この子は?・・・


 
思わず娘の方の店員さんに聞いてしまった。
これは珍しいことだった。
話しかけられることはあっても博美の方から話しかけたりはなかったのだ。


あぁ、その子ねぇ、昨日入ってきたのよー。
綺麗な子でしょー?


ブラックライトに照らされてキラキラと透き通るような青い色をした小さな熱帯魚がそこにはいた。

博美は心の奥の方にある何かが反応したのに気づいた。
いままでずっと自分で見えないようにして隠しておいたもの、幾重にも壁を編み上げて消し去ろうとしていたものがあらわになっていくのを感じた。
喜びや楽しみ、悲しみや寂しさなどのすべての感情をそこに押し込めて鍵をかけていたのだ。

 

博美は茫然と立ち尽くした。
心が震えるのを手で押さえつけようとした。
震えが指の隙間から洩れていくように感じた。
 

 
博美はこの青い魚を飼っていたことがある。


  

小説 青い魚(下書き)

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